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2025/4/26練習日誌


3月仕事でまったく来れなかったので、久しぶりの練習で、自分で書く!と宣言しながらすっかり失念してましたm(._.)m


この日は、プチコンサートに向けた練習で、皆んなで頑張りました。

おかげさまで無事に終わりました。

今日はちょっといつもの日誌とは違い、最近感じたことを書いてみたいと思います。

☆★


話せば長くなるのですが、2000年頃、上京した折に行っていた新宿三丁目のいろんな方が集まるバーで知り合った女子と、今は懐かしのミクシィで繋がり今まで細く長く続いています。先日、仕事で福岡に来た彼女と十数年ぶりに会いました。


彼女( Iちゃん)は僕から見れば非常に煌びやかな社交界なども知っていて、話の中にたくさん聞いたことがある芸能界、ゲイ能界、政界で活躍する人々の名前が出てきてホエーとなるのですが、その人々と彼女が交わした言葉に琴線が触れることが多くて、今回もお話を聞いていてとても活力をもらえました。

その中のエピソードの一つを書こうと思います。

あんまり具体的には書けないのでぼかしてお話ししたいと思います。


☆★

Iちゃんはソプラノ歌手ですが、日頃はそれと全く違う分野の大手興行会社の中枢で働いています。男性ばかりの厳しい業界にも関わらず精力的にいつも動いているIちゃんです。


あるとき、東日本の震災のあと被災地に、とあるとても有名な女優さんを含む団体と歌のお仕事で向かったそうで、道中、たまたまその女優さんと隣同士になったので話していた時のこと。

その女優さんは歌も歌う方で、彼女の歌はIちゃんからすれば、いつも、あまり感情を込めずに「とてもフラット(=平板)に歌う」ように感じていたとのこと。

その人が歌うCDを僕も持ってますが、たしかにあくまで淡々と歌う感じです。しかしそれが彼女の声質に合っていて心地よいなと無意識に思っていました。


Iちゃんはどうしてそんな歌い方をするのかと訊いてみたそうです。(もちろんもっと婉曲的に訊いたと思います)

彼女は、「あのね、私はいつももう1人の自分を観客席に座らせて観てるのよ。歌や演技が過剰にならないようにいつもその自分を通してコントロールしてるのよ」的なことを言われたそう。


Iちゃんは、以前レッスンでオペラを歌ったとき、自分なりにその役の置かれた立場、気持ちをイメージしながら歌ったところ、先生から「楽譜に全て書いてあるからあなたはイメージなどしなくてもいい。楽譜にある通りに歌えばいいのです。」と言われたことを思い出したそう。

歌うとき、自分なりにその役の置かれた立場を想像して、感情をこめて歌う必要はない?そしたら自分が歌う意味とは?とずっとモヤモヤしていたらしいのですが、この女優さんとのやりとりで色々繋がっていくことになるのです。


Iちゃんの職場のボスは聴衆の多寡にかかわらず、どんな状況でも落ち着いてその場に相応しい話をするので、そのことをある人に話したところ、「それは、まさに世阿弥の『離見の見』だよ」と言われたそう。


能を演じるときは、自分と離れたところに意識を持ち、そこからあらゆる角度で自分の演技を客観的に眺めその場により相応しい振る舞い、演技をするべし、というのが「離見の見」です。(僕は不勉強でまるで知らなかったですが、たしかに世阿弥ならいいそうだと思った←完全にイメージ)


この話を聞いたときに、ボスもそうだけど、あのとき女優さんは、直截的に離見の見とは言わないけど、同じことを心がけているということを伝えてくれたんだとストンと腑に落ちたそう。


Iちゃんは、若いころは歌うとき特に自分なりに解釈した感情などを聴いてくださる人にモロにぶつけていたように思うと話してくれました。

『私、愛する人にもうすぐ殺される予感がするゎ、あ、今あの人の足音が聞こえたような気がする。すごくビクビクしてるのよ』みたいなのをおそらく全面に出して歌っていたりしたわけです。


その頃、Iちゃんの歌を聴いたあとにキチンと感想を言ってくれる友人から「アータの歌は2〜3曲聴いたらもうお腹いっぱい」と言われたことがあるそうです。


☆★

、、とそんな話を、ものすごく久しぶりにあって、薬院のうどんウエストでごぼ天うどんを食べつつ、どどーッと僕にしてくれるIちゃんを見ながら、「なんて深いいいエピソード!☆ミ」

と僕は僕で歯に挟まったネギを気にしながらもカンドー(←陳腐)していたのでした。


ま、これを聞いたからといって、僕ごときが「なるへそ!そうか!把握!」と楽器演奏にすぐに活かせるかというと、チッチッチ…100億万年早くてお話にはなりません。

が、この「離見の見」という高い境地、600年近く前にすでに世阿弥さんが仰っていて、かの女優さんも然り、Iちゃんの職場のボスも然り、それをちゃんと活かしているんだなぁと感嘆したのでした。


その日はIちゃんとうどん食べ、そのあと近くのカフェーでプリンを食べて、興行のあるベイサイド方面まで送って行って別れたのですが、しばらくしてIちゃんからLINEで送られてきたのがツイッターにあがっていた八代亜紀のエピソードでした。

「八代亜紀さんは 『歌に気持ちを込めてはだめ』 と言っていて、その理由は 『自分が主観で感情を込めると聞き手が感情移入する余地がなくなるから』 だそう。銀座のクラブ歌手時代、感情を込めないで歌ったらホステスさんたちが急に感動して泣き出したのが原体験みたい。」


子どもの頃はドリフのコントにでている八代亜紀が真面目なだけに可笑しくて、面白い女の人!

という認識しかなかったのですが(フアンの方から怒られる)、大人になってからは、ちゃんと(?)彼女の歌うのを耳にするうちに、少しハスキーな声がまたいい、好きだなぁと、しみじみ思うようになりました。

そういえば彼女の声は、バリトンサックスのムーディーな演奏をする時の音色と似ているように思います。


このゴールデンウィークはIちゃんと会うことで、ジャンルや時空を超えて色々なことを反芻するキッカケとなりました。持つべきものはミク友()哉!


…ということで、こういった経験が、けし粒ほどでも日頃の演奏に活かせるようにこれからも頑張っていきたいと思います。


なごなった。

最後まで読んでくださりありがとうございました。


文責HAL

 
 
 

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